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ベアリングの故障
ベアリングの故障

昨日自転車を漕いでいて、気付かされたベアリングの故障。音が、そこからはした。聞き慣れない音だった。少し恥ずかしいと思えるほどの、ブレーキのような甲高い音。自転車を停めて、手で前輪を回してみると、それは固くてよく回らなかった。なぜ回らないのかというと、寿命だったのだろう。もう二十年は乗っている自転車だったからだ。この自転車に乗り続ける意味は特に無かったけれど。壊れてはパーツを交換してきた。近年はネットで簡単に手に入るからだ。銃だって、作らないけれど、それは作れるのである。スマホの天気予報を見てから、出かける。よく晴れた日が続いていた。雨続きだった日々が嘘のように思える。ぶどうと柿と、ナスは不作のようだった。代わりに空芯菜という東南アジアの野菜が良く出回っている。りんごも、冬ではないのに妙に多い。

一つの挙動に対する反応についてを考える。一回のレコードの再生操作に対する再生時間は20分程度だ。そうすると、盤を裏返すために立ち上がるのが少し面倒ではある。ただ、CDだと最大80分と、これは少しだけ長過ぎる気がした。集中力が最後までなかなか持たないという。どちらかというとレコードの優位性が明らかになる瞬間ではある。不自由さを受け入れることで、心地よさを手に入れることに似た。最近はそういう消費が多いのだという。酷暑のラーメン屋の行列に並ぶことで、旨いラーメンを食べたいだとか。さらに高い金を払って、列の前に入ったりグッズを手に入れたいだとか。人は周りより少しでも抜きん出たものがあればそこに価値を置くようになっている。それはある程度良いものが世の中に溢れすぎたということへの反動だろう。そのようなことを考えると、本を読むということやランニングをするということは能動的なことなので少しだけそれと似ている。ギターを弾いたり歌を歌ったり、ゲームをしたりといった感情的なこととは対局にある行為だ。そこに共有する仲間は必要ないという意味で。今日はそんなことを考えていた。