去年の今頃はバリ島にいたんだと思い出す時、懐かしかった。僕はそこで何を食ったわけでもなく、ダイビングした時の魚の群れは綺麗だった。なかなか2回行ってみたいと思える場所は無い。コオロギが鳴く、今は日本の景色の中だけれど。食べ物の魅力も魅力的だけれど、風景はなかなか忘れられなかった。あんな場所がこの世の中にあるのかと思ったほどである。高齢の、そこは中国の人もダイビングしていた場所でもあった。そのようなことを考えているうちに雨は止んでいた。丸2日は続いた大雨、しかし近所の川はビクともせずに水位を保っていた。おそろしいポンプの治水力である。雨の間は何もできないので、レコードをかけた。レコードは、とにかくまぁ、部屋全体に響くかのようにリッチなサウンドだった。ある意味オーディオの世界を超越した凄みである。マッキントッシュだとかの意味はガラクタのようになくさせられた。そのようなことを今日は考えていた。外を歩くと、安心しきったようにして歩く人達。どこにいくというわけでもなく、彼らは歩いていた。電車の走っている音。今日一日走り続けていた気がする。車も動き始めていた。僕はその間にホットケーキを焼いたっけ。僕は、食べなかったけれど。サイゼイアの看板は光り輝いていた。それからまた、きた道を引き換えした。
レコードで手に入れた音源は聴いたこともない曲ばかりの80年代のオムニバスで、新境地が開拓された。それなりに古い曲も聴いてきていたつもりだったけれど、何かを聴いているということに満足しきっていた自分を否定させられた。そういった出口は意外と身近にあるものである。しかも1500円で手に入れたプレーヤーである。これはレコードを掘らずにはいられない。そのようなことを感じていると、鳴っている音に、スピーカーが倍の台数に増えているかのようにも思わさせられた。僕の錯覚であるというわけでもなく、実際そう感じる人はいるのだという。これはディスコであり、ロックであり、繊細に音を詰めていくメディアでは多分無い。しかし、長い雨だった。このような雨は、暑さに由来した水蒸気によるものではないのかと思うのだ。最近はコロナと似た症状の風邪にかかり、キツかった。熱が一向に引かないのと、喉の激痛である。前回のように、低体温まではいかなかったので、期間は半分くらいか。厄介な病気である。店などの入口の体温計ではわかり得ない症状。体温が34度だったりもするからである。でもとにかくこれで、やっと街に繰り出せると思っていた。