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古い音源の可能性
古い音源の可能性

最近は色々な音源で、色々な音楽を聴いている。そうすると、デジタルフィルターの使い方が少しだけわかってきた気がした。これは古い音源に対して使うと効果的なようだった。逆に新しい音源には使うべきではない。しかしCDが減りだしたのが2000年代だということを考えると、もう20年ほど前の形式で音楽を聴いているということになり、それをし続けるということ自体が90年代にレコードを聴いているということに似て滑稽に思わされた。ただやはりCDというフォーマットに最適化された音源というのは非常に音にリアリティがあって、捨てきれないというのもわかる気がするのである。最近リリースされた新しい歌手の音は、CDであってもサブスクに最適化されていると、よくわかるけれど。だがしかし、レコードと同じようにCDも淘汰されていくというふうにはなかなか思えない。これは最近の歌手の作る曲にも影響されてくることだろう、彼らがどのような感性で、それを作るのかということに。90年代は非常にシンプルな曲作りだった。主役はギターとドラムが強烈で音色は少なく高域はシンバルが鳴るぐらいだった。今はそこからキーボードが前に出てきており、主役になっている。PC的な楽器の数も増え、複雑な構成になった。それに伴い、音圧を重視されたはずのアンプも変更せざるを得ない状況が生まれている。でもそのようにして、オーディオも機材も変えられてきたのだと言うしか無いのだが、次世代オーディオに浸り切れずにいる自分を感じさせられていた。最適化されてはいるが、8割程度の満足感で、音を聴いているような気がするのだ。これはアメリカでミスドのドーナツを食っていたり、日本で中華料理を食っているような気がする感じに似ている。

そのようなことを考えていたら、もう街は夜だ。何かを知るにも、思うにも。旅行の動画を最近は見る。そうすると行かなくても、それを食べた気になるのだ。テレビと違って、構成もゆったりしているので脳に優しい。ブロッカーで、CMも無い。行く人は行ってきた場所に行ったりもする。そうすると自分との違いがあってそれも面白かった。自分が食べたものとは違うものを食べていたり、少し高い値段のツアーに参加したり。そのようなことを今日は考えていた。