カミンカス容疑者のような僕

僕はバンコクのバスの中で、ルンピニー公園に着くのを待っていた。wifiで、自分がどこにいるのかということが、すでに一目瞭然だったが。便利な時代になったものだった。ビックCという名のスーパーの前でバスは止まり、割と人が出入りした。そこで、日本では見たこともないような建築様式の建物も多いと気づかせられた。多面体のガラスのホテルなど、地震が少ないせいもある。そういう意味では、日本は発想の自由さにおいては、どこの国よりもハンデを負っている。
アーティストや起業者へのバックも多くすべきだ‥。日本ほど、チャンスという言葉の似合わない国は類を見ない。実際、アメリカも似たようなものなのかも知れないけれど‥。バス停を降りた私は歩いた。夜空から、少しづつ小雨が落ちてきていた。芝の上には、巨大な国王の肖像画が飾ってあった。日本では、あまり見慣れないような光景ではある。
バスの上で、なぜ私はタイに来てまで、ハッポン通りに行くのだろうと考えていた。しかし、実際はナナプラザというカフェのほうが、売春には現実的な場所らしかったが‥。高架橋から降りて見た通りは、やや廃れていた‥。屋台が軒を連ね、現地民ばかりで日本人駐在員の姿は見かけない。そんなわけで気乗りのしなかった私はパッポンカレーを食いに美味しいとされるソンブーンという店にでかけることに。タクシーが来たので停めると、運転手は20代ぐらいの若い男だった。NYと同じ感覚で行き先を告げると、動き出したタクシー。この選択が後に面倒をおこす引き金になった。