アメリカ、カラオケから出た日の朝
昔僕はアメリカの古びたホテルで友人と3日ほど過ごしていた。停電でエアコンがつかず、窓を開けていると鳴り響いていた車のサイレンの音をよく覚えている。僕らは、ノートパソコンの光を使って、懐中電灯もないまま生活していた。それから、外に出ると、僕は難民のように出歩いていたニューヨークの人々の群れを見た。同じ人間ではあるが、やはり日本人とはどこか異なる姿をした人としての群れ。彼らは、どこか人種自体の新しさが備わっているような気がしたのである。人種自体と言われても、よく、分からない人が大半だとは思うが、それは、さくらんぼとアメリカンチェリーの違いだといわれると、わかりやすいのかもしれない。「浦安のクロちゃん」という歌を、昼は歌っていた。僕の、当時付き合いのあった同僚とカラオケに行った時に、きかせた歌だった。彼は、どこか惚れっぽい妹のいる姉妹をいつも連れていて、そのときもいたのだが‥。車で帰った早朝、店を出た時の冷たい空気。手が触れたサイドブレーキの感触を今でも覚えている。でも、今でも、あの会社で働いていたとしたら、人生はどう変わっていたのだろうかと思うことがある‥