フィリピン旅行の回想
フィリピン旅行の回想

4月のはじめにフィリピン旅行にいってきた。なぜ今なのかは言えない。その事実だけが確かなものとして横たわっている。10日で総額20万ぐらい。でも、保有株の配当金を考えるとどうなのだろう。助けにはなっていた。今の自分にとって失うべきものは金ではない気もする。だからそれは正しかったのだ。それに、僕はそう信じたかった。そう、読む本に金を惜しげもなく使っていたあの頃のように。でも、時の流れというのは早いものだ。アメリカに行ったのはいつだっただろう。もう忘れたけれど。今当時のままのものは何もない。CDが買われていた頃の話だ。

物事を理解することは何を助けるのだろう。そして記憶は。旅行では、島や沖合のアイランドホッピング。美しいサンゴの上を泳ぎ、溢れんばかりの白砂のビーチを歩いた。また、それから、朝食のテーブルの前にいた。パンケーキや地元の調味料。この土地に登る朝日を浴びた。そこでバイクも借りったっけ。誰ともすれ違わない、道を走った。カヤックで島にわたり、温泉に入って、それから、帰ってきた。朝になると腹を下していたりもしたけれど。あれは苦しみ以上の辛さだった。でも途中から、なんとなく地元の人が行く店でメシを食った。そのほうが野菜の使われたマトモなメシにありつけた。それに美味しかった。炭火焼きの肉だとか。今日本で似たものを食うのは明らかに難しい。そんな気がする、今は何をするにも虚しいだけ、スポティファイで知らない人の音楽が流れ、それを聴いているだけ、風が少し強いようだった。それからまた、魚を見た。画像の中で。そしてそれからまた、海を進んだフェリーを思い出した。エルニドまで、3時間ぐらいだっただろうか。甲板の風景にも飽きて、スマホの画面を睨んだ。波もなく穏やかな海峡だった。電波はなかったからゲームをしたけれど。

隣には可愛いアメリカ人が座っていた。いや、背は高い。多くはホテルやカフェで過ごしたのかも知れない肌の色。だけど僕はフィリピン人と酒をあおったっけ。タダ酒だった。彼は愛人の人と店にいた。冗談だったのかも知れないが、今では日本ではそんな会話も少なくなった気がする。それは自分だけなのかな。どちらにしても、買い込んだ菓子を食うたびほろ苦い思い出がそこにいた確かな感覚として今は思い出される‥