

最近、いきものがかりのアルバムを聴こうと思ってかけたが、現実的には、長渕の曲をよく聴いている。彼の中期と呼べば、良いだろうか。通りは、そんなことを考えていると、人が溢れていた。雨が降りそうなので、とんぼ返りした。徐々に増え始めている感染者数。グラフ的には反比例的に増えていく感染者数。もうすでに、CDプレーヤーの停止ボタンを押した。そして、徐々に、弁当を出していた居酒屋も、採算が合わないとわかったらしく、角テーブルは通りから無くなってきた。かなりご無沙汰の、渋谷や原宿。存在するのは遠い記憶の彼方だった。あまり、そもそも行ってはいなかったので、あまり、僕の生活自体は変わってはいない。ただ日常の中で音楽を聴く時間が増えた気がする。逆にどれほどそういった時間が今まで無かったのかということを感じさせられている。でも、苦い液を飲み込まさせられそうになり、今日は歯医者に行ってきたが、かなりきつかった。その理由を考えてみても、なんでこうなったのかを認識した日には、すでに、遅かった。
時々、最近は若さについてを考えている。年齢が若くても上に見える人もいるし、そうではないような人もいる。精神の有り様というのは、そう考えると不思議なものだった。知っている人に会うことは通りを歩いても、まず、無い。通りでは、大多数が、すれ違っていくだけ。あまり地元にいたころはそうではなかった。東京での生活では当たり前なのかも知れない。入っては、出ていく人たちを思う。忘れかけていたその一人だった僕。ここに僕は何のために来たのだろうということを、時々考えている。
僕が描いていた夢。手を見つめていると、それは、滲んで消えていった。カレンダーの数字の中で、自分の生活を守ることに、思いを費やしている。街で働いていることも、その、一つだ。そして、ベッドの上で不安になっている。いろいろな風景が、目の奥で、ああしておけばよかったというふうに、交錯するようにして、鮮明に目の前に蘇る。それはもう、戻らない僕自身だ。僕が、毎日社長にご飯をおごってもらって、見上げた空。いかんせん僕の給料は、あまりにも少なすぎたのだった。そして、五反田の風景に、ややネガティブな思い出が、強烈に入り交じる。あの、非常に狭かった部屋に、今流行りの極狭物件を思い出させられる。ああいった場所に住んでいれば、気持ちがネガティブなるのも、否定はできないものだった。