スタバに行った
サマソニのチケットを横目で見ながらも、無い、風を感じる夜だった。僕は、そこで特に行く意思も無かったが。昼頃、スタバでフラペチーノを飲んだが、シロップは余計だった。コーヒー自体のクオリティはドトールとそう、変わらない。内装だけで人が魅了されることの意味を思わされたけれど。この街一番のデザインされたようなスペースだった。周りには、ドラッグストアやダイソーが立ち並ぶ。そしてスタバが地価を上げているようには見えなかった。緑と、そしてオーク材が使われた木の机。20代の頃は、普通に飲めたチョコレートパフェみたいだったドリンク。ディズニーとコラボレーションしても違和感は無いのではないか。アメリカの味なのだろう。アメリカで食べて僕は美味しいと思ったものはなかった。たぶん、そんな気がしたけれど。僕は確かに生きていたのだ。
時は流れたものだった。自分であることさえも、そこに置いて。忘れていた読みかけの物語みたいに、開いてみても意味は失われていた。すでに、街は夜。静かな、盆ももうすぐ過去のものとなるのだ。そして、また、トラックが昼夜を問わず跳ね回り、電車がひっきりなしに駆け巡る。