接種前の日記
僕は思い浮かべている、あるであろうものを目に。いくつかの、遠い昔に見ていた景色の道。昨夜は株価が高騰したようだった。定期預金していたことの意味がわからなくなるような最近の資金の膨張と、その前までの銀行破綻による資金の低迷を思い出す。僕はチャートをみることにすでに疲れたのだ。暴落が起きようと長い目で見れば実は特には変わらない。交差点でそんなことを思っている、昨日まで豪雨だった記憶の残るベランダの水たまり。空が映っていて綺麗だった。BGMはリアーナやドレイクなどを聴き始めている。シンプルなリズムマシンの刻むリズムとリリックの棒読み、昨日まで流行っていたデジタル音楽への反抗のようにも思える。彼らはどんなことをラップで呼びかけているのだろう。
電車は、走っている。人は、今日も、我を忘れたようにして歩いている、組み込まれたシステムの存在に気づくこともなく。誰も疑うことはないのだ。僕はご飯の上のうにを見ていた。子供の頃池袋を歩いた記憶が浮かぶ、それとも大阪だったのか。救急車が今日はやけに道を通っている。窓の外には教会の入ったアパートが見える。目黒では、立派な建物だったものだった。目黒の記憶は消えかけている、子供の頃と違って忘れようとしているのかもしれない。目黒の川と、そして、そこにたちはだかっていた坂。アメーバのように僕は暮らしていた。狭いアパートから見えた西日。