何かを売り、買う
ふと資産を確認すると、もっとあったはずか減っていて悲しい。過ぎた日の青春みたいに、見飽きた漫画を開いた時の感覚がする。ボラティリティの高いものだと、10%の変動は当たり前なのだ。だが、そうではないとしても、上がらない銘柄を選ぶのは夢がなかった。日本の風景みたいな、欧州の景色を見て、素敵だと言っている時みたいに。しかしなぜあんなにも似ているのだろう。空虚さは、どんなふうに組まれた石造りの街並みであってもそこに意味を与えるのだ。思いの、その、どこかにだろう。僕のフランスから帰る便に乗るときに飲んだコーヒーの味のように、虚しい。店員が出国ラウンジで1ユーロまけてくれたことを、今は覚えていた。それは彼の餞別だったのか、わからないけれど、もう二度とあの地を踏むことはないだろう。
そんな気が、確かではないけれど多分する。今でも当時と同じ自転車に乗っていた。なぜ僕はそうするのだろう。今でも同じ自分でありたいということだろか。でもアルミだからサビは見当たらない。もう、でも、いろいろなものを捨ててきた。パソコンも買い換えたし、いらないものも売ってきた。