秋葉原でオーディオを

何も存在しないことの意味を、自らの意識に確かめる。昨日は、秋葉原でCDプレーヤーを見に。しかしまあ、店を回ると、昔と同じ場所にはあったのだけれど実に廃れたものだった。マッキントッシュやJBLが華やかだった頃のCDの時代がしのばれる。それらに追従するように、エソテリックやワディアといったバカ高いメーカーが出た。しかし、時はたち、残ったのはデノンだけで、家でオーディオを楽しむような、一般層向けのモデルだけが売れているという。コスパも高い。真空管アンプのトライオードも少し前に出たりもしたけれど。今はティアックが出しているようなプレーヤーの、乾いたデジタル音源をものすごく古いアメリカのスピーカーのヘリテージで鳴らすのが奇妙に流行っているという。それは大きくしたイヤホンのような音で、ソノスやイケアのスピーカーで聴くような音だと言えばそれまでだが、うまくピュアオーディオのものとして落とし込んでいた。この音、じっくりと聴き込んでみたが、今までのCDの聴き方とはちょっと違った趣向の音がする。MP3も工夫次第で楽しめると思ったけれど、リラックスすることとは対象的な、空間の詰まった音がするのである。

エーアイに聞くと、このシステムは片チャンネルでも違和感がないというのも、ソノス的である。個人的には、この方向性の音は良いとは思ったが、将来性や発展性があるのかということを思わされた。というのもMP3はおろか、ソース自体の品質をあまり選ばないからである。そういう意味で、タンノイや、その、今までとはやや変わった趣向のスピーカーで鳴らされていたわけだけれど。