コロナと明日


外を歩けば、通行人に身が引き締まる思いでいる僕。店に入ると、店員が暇そうで、うれしそうだった。桜はもう、ふりかけのような緑色に侵されている。でも、今年の桜はだいぶ長持ちだった気もする、去年などに比べれば。僕は一人でそんなことを考えていた。でも、何もしていない気のする時に。昔、祖父の家に行った日のことを時々思い出す。祖父の家は車の整備工場だった。その、静かな、夜の工場の独特の雰囲気を。焦げ茶の鉄だとか。今もまだ、同じ場所にあるらしい。社長は代わってしまったが…。僕はまだ、子供だった日々。北国の叙情を思わせる平野を、屋上から見ていた。
しかし批判ばかりが繰り返されているツイッターなどを見るのにも疲れた。肺に疾患があるのは僕も同じで、街を歩くと時々恐怖感を感じさせられる。このウイルスが収束するのは、GW後だというのは、少々楽観的な見解のような気にも思える。このウイルスの怖さは、潜伏期間があるからであり、間違いない。今の勝ち誇ったような中国の姿が、二週間後の中国の姿なのかどうかは、本当に、まったく予測することができないのである…。やはり、感染症であるがゆえに、ワクチンが開発されないことには感染を抑えこむことは難しい。そんな事を考えながら、豚を焼いた。そして、ジュディマディのアルバムを思い出していた。昔の友人に今も、貸したままだ。