
卒業について、時期外れなのに考えている。僕は何を卒業してきたのだろうと。ただ単に、時間が流れただけのようにも思える学校生活だったけれど。その節目が意味したものとは、何だったのだろう。誰もそんなことは考えないのかもしれないが、笑い合っていた同級生が、いつも、どこにでも、僕の隣には誰かしらいた記憶だけがある。それは、卒業という言葉では言い表せないのかもしれないということである。卒業ではなく、ただ、時節が終了するだけ、という意味で。ただ、大人になると、物事を卒業することは容易ではなくなる。それは出世と連動するからだ。それなくしては賃金を上げることは難しくなっていく。いつまでたってもロックを聴いたり、漫画を読んでいたりする大人がいたりして、賃金が彼らのカルチャーからの卒業を後押し出来なかったことの、典型であるように。そんなことを思い浮かべていた。
僕は何を卒業してきたのだろう。未だに、卒業せずにいるものも、多いけれど。世の中が卒業するものだってある。ワープロやガラケーなどだ。卒業したくてもできないでいるもの。それと引き換えにして、得ている、今現在持っているもの。僕という人間は、一歩街に出れば形作られている。それ以前に入学を果たせずして、卒業となってしまうケースもある。結婚や恋愛などだ。自宅や、車の購入、それから、親の介護などもそう。そう考えると卒業というやや抽象的な言葉も、社会的な通念によって、学生を束縛するものとして成り立っているような気がしないでもない。そこには、人の意思や感情などは、介在しないのかもしれない。不幸と、幸福は、人それぞれだとは、誰もが口に出して、言ってはみるけれど。年齢や年収、能力などを考察してみればその生活は明らかに浮き彫りになってしまうのである。
休日、目黒川の道を歩いていた。誰に会うこともなく時が過ぎていく。大人になると、しょうがないのかもしれないが。楽しいことは、振り返ってみると、あまり多くはなかった気がする。休日は喫茶店や飲み屋に行くことはできなくなってしまった。何か、面白い小説は無いだろうかと、最近は。ドストエフスキーにバフチン。オクタビオ・パスなども最近は読もうとしている。酒を飲みながら録画しておいたサッカーを鑑賞。そんなことを、最近良くやっている。営業マンだった頃、やっていたように。あまり面白くはない。自分よりも、他人の人生のほうが面白い。最近、確かに、感じさせられていることだ…。
夜、マイリトルラバーをプレーヤーにセットする。これを聴いたのは、25年前の話だ…。同級生が「彼女、少女からお姉さんになっちゃった…」といっていたのを思い出す。コンテンツがまだ、活況だったあの頃。希望と言えるものはあまりなかったあの頃。我が強くは無かったが、友だちは少なかった。部活をやめてからは、部屋で寝てばかりいて、妄想のようなものを抱いていた。時々ギターを弾いていた。弦が切れると、買いに出かけた。僕を子供扱いするギターショップの店員がそこにはいた。
街では最近、ブランドの店舗内で芸術家の展示が行われている。芸術と言っても、ジャンルが幅広いのだが、比較的大衆にわかりやすいものを。以前そこで、スティーブマックイーンの映像作品が展示されていたというと、この意味は取りやすいだろう。誰が展示をするかで、ある程度客足が見込めるというのも、マーケティングの戦略なのだろう。そう考えると芸術家の中には、市民権を得ている作家がすでに存在しているのかもしれない。彼はそれとも、イラストレーターなのか。ただ、大衆的なものというのも、すでに飽きられた表現の在り方なのかもしれない。ただ、新しい感覚のものが最初に芸術表現の中から見出されるのは、いつの時代も常だ。
僕は子供の頃、親とディズニーランドへ出かけた。叔母もそこにはいた。僕はそこで船に乗った。僕は叔母の持ってきていたタバコのお菓子を、そこで食べた。遠くの島に、インディアンがいるのを僕は見た。だけど、コースターには乗らなかった。夕暮れの光の中で、僕は、母と、叔母と、待つ人の列に並んでいた。僕はカレーを食べていた。自動ピアノのある部屋で。