シャボン玉と上野公園の思い出

昨日桜を見に出かけた。そして、上野公園に立っていた僕がいた。車内にほころんだ顔の人が溢れていたのは、本当に、花見日和だったからだろう。なんというか、目黒川は見飽きてしまった。溜池山王で乗り換えて、銀座線へ、浮足立つ人々の中、昔、7年ぐらい前に友人とそこでコーヒーを飲んでいたことを思い出す。だけど僕は、Sと丸井で待ち合わせをしていた。スタバがあるので出口はすぐにわかったけれど、丸井で、ポール・スミスのTシャツをそこで買ったことがある僕。あれは、セール品だったけれど、7千円だった。影の中、丸井の前でSを待ちながら、時の流れの早さと理想を叶えることのできない悲しさが胸に溢れた…。
しかし色々なものが、物凄いスピードで流れていくような気がする。個人的な休日を言葉にすることの意味の無さだけがはっきりしている。ああ、昔は、もっと壮大に見えたような気がしたのだが。公園を少し歩いたが、どこか目黒川に比べるとミニマムに感じられ、感動はあまりなかった。けれどもそこで花見をする、色々な人。きっと桜は満開で、充実感はあった気がする。わけもなく色々な人の顔が思い浮かんだ。僕だって、多少なりとも、池の前で当時は希望を抱いていたわけだけれど…。かつて昔は僕だって、会社の人と、そこで花見をしていたわけだけれど…。本当に昔のことだ。
長期化するデフレ、そして中国経済の台頭の入り口。そんなことを頭の隅に思い浮かべながら…。ああ、そうだった、上野の会社には新卒で入ったのだった。とても不況で、そこしかなかった僕。そんな僕に今後の人生の戦略は何も無いのだが。Sの話を聞いていた。スタバの屋台で買ったパッションティーの甘酸っぱさ。足元に毛の長い、可愛らしい犬。