そして、夕暮れ

ワードプレスのテーマがごちゃごちゃになったので、別のテーマに変えてみたが、スマホでアクセスした場合の表示はどうなっているのだろうと思っている。ただ、しかし、さきほど録画していたマグロの番組を見てみたが、絵にはなっているように見えたが、ドラマ感を感じるという事自体が、僕にはなかなかできなかった。時々、そして思うのは、過去の悲しい記憶というのは、年齢によって変わっていくものなのだということである。20代のうちであれば、それは、学生時代のイジメなどの、悲しい風景であったり、受験の失敗などであっただろう。30代であれば、かつての恋愛、職務遂行上での失敗などを、思いうかべさせられるものなのかもしれない。40代ともなれば、すでに最近のことで思い出すことはなく、小学生や十代の頃のできごとをもう一度思い出そうとするものなのだろう。そんな他愛のないことを、今日はひとりで、僕は考えていた。そして、一体、僕は誰なのだろうということを。時々、年末は、ノートパソコンでジュディ・アンド・マリーの曲をぼんやりと聴いていた。それは、学生の頃、知っているものは聴いていたバンドだった。tもそのひとりであり、元エックスファンだったものだったのである。笑顔で、そして「もうエックスはやめたよ」と笑った。それは、ほんの、ファンになって一年足らずのことだったのである。その頃はそして、ビーズが流行っていた。とにかく、いや、絶え間なく影響力を持つバンドや歌手が現れていたのだ。そんなことを僕は、思い出すようにして考えていた。学生の頃は僕は森田童子を聴いたりしていたものだったが‥。皆就職をして、友達が少なくなると、おかしくなっていくのかもしれない。生きていくことが寂しいと思うのが、誰もが、普通の人間である証なのだから。